みなさんは「介護」という仕事にどのような印象をお持ちでしょうか。
「大変そう」「体を痛めそう」「汚い」「重労働で低賃金」など、あまり良くない印象もよく耳にするものです。
事実、その印象と真逆であるとは言い難い現場がほとんどであると思います。
同じくらいの体重の高齢者を一人で抱えてベッドと車椅子の移乗介助を行うためには、全身を使いますし、腰などを痛めることもあります。排泄の介助や食事の介助も介護職員自らの手(もちろん衛生を考え、手袋等着用はしますが)を使って行いますから、汚れずに仕事をするというのは難しいです。
では、どうしてそのような大変な介護の仕事を選んだのか。
私の場合は、「高齢者と少しでも一緒に楽しく生活したかったから」です。
施設の利用者を助けたい、役に立ちたい、という立派な気持ちで介護の仕事を選んだわけではありませんでした。
「一緒に笑って生活できたらいいな」という単純な気持ちで介護の仕事に就きました。
介護の現場で働いてみて思うのは、施設を利用している高齢者にとっては、介護現場そのものが生活の場なのだということです。
私たち介護職員にとっては仕事の場であっても、利用者にとっては生活の場。
私が働いていたのは特別養護老人ホームだったのですが、特別養護老人ホームに入所している人たちはもうほとんど自宅にも帰ることのできない状況です。
つまり、施設で過ごすことがほとんどなわけです。
生活の拠点となる場。その場を守って、生活を支えていくのが介護職員なのだと、私はそう感じました。
認知症のおばあさんとの出会い
利用者の体調は日々変化するので、体調が悪い利用者は注意して様子を観察したり、入浴の中止などの予定の変更はよくあることです。介護現場では毎日が忙しいです。毎日同じことはありません。
食欲がなく食事をあまりとることのできない利用者には水分補給で補ったりしなければなりません。
利用者一人一人を見て、その日の状況に合わせて行動しなければならないのです。
こう書くと、「介護ってやっぱり大変なんだ」と思ってしまうかもしれません。
大変であることは否定はしません。けれど、大変な仕事の中に心が温まるような出来事もあります。
私が施設に就職して間もなくの頃、とある認知症が進んでいるおばあさんの介護をしたときの話です。
そのおばあさんは言葉もほとんど話せず、会話で意思の疎通がなかなか図れない状態にありました。
他の利用者とのトラブルも時々あったようです。
介護職員に対しても、怒ったり喚いたり、ということが多々ありました。私は、その施設に慣れていない時点で、そのおばあさんの食事介助をすることになりました。
不安な気持ちのままそのおばあさんに向き合って、食事の介助を行おうとおばあさんにおかずの乗ったスプーンを差し出します。
するとおばあさんは大声を出しながら首を横に振ります。
嫌がっているのがわかりました。
嫌いな食べ物なのかな、と思い、他の食べ物を乗せて差し出します。
しかし、反応は先ほどと変わりません。
すべての食べ物を試しましたが、すべて反応は同じで、困った私は先輩の職員に助けを求めました。
先輩の職員はおばあさんに「大丈夫ですよ。ほら、このおかず好きでしょう?」と優しくスプーンを差し出しました。
すると、おばあさんはそのおかずを口に入れたのです。
先ほどまであんなに大声をあげて嫌がっていたのに。
先輩職員にコツを尋ねると「慣れてなくて不安だったかな?利用者さんって、職員の気持ちわかっちゃうんだよ」と答えてくれました。
そのおばあさんは、食べ物が嫌なわけでも、食事が嫌なわけでもなく、私が不安がっていることがわかって不安だったのでしょう。
認知症が進んでいるから、言葉が話せないからと言って、人の気持ちを理解できないわけではないのです。
そのことに気が付いた私は、できる限りおばあさんをに笑いかけるように心がけました。
大丈夫ですよ、と気持ちを込めて。
すると、数日後、おばあさんの食事介助を行おうとすると、すんなりとスプーンの上に乗ったおかずを食べたのです。
吐き出すこともなく、次々とおかずを食べてくれました。その様子に私が喜んでいると、隣で自力で食事をしていた軽度の認知症のおばあさんが「あなた、食べさせるのすごく上手だね。いつもはもっと大声だすのよ、そのおばあちゃん」と話してくれました。
隣のおばあさんの言葉を聞いたとき、利用者さんに少しずつだけれど、認められていると実感しました。仲良くなれているのかな、と思うと、本当に嬉しかったです。
そのような経験は介護の現場にいると、何度も体験することになります。会話で上手く意思疎通のできない利用者も少なくないので、本当に利用者が求めていることがわかりづらく、悩むことも多くあります。
ですが、利用者の思いを理解し、利用者から信頼されていると感じたときは、言い表すのが難しい嬉しさと喜びを感じます。
その喜びは介護職員ならではだと思います。
介護職員として高齢者と一緒に生活するということは、大変なことも多くあります。けれど、心温かくなることも確かにあるのです。